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2011年3月13日 (日)

3月11日

このたびの東北地方太平洋沖地震で
被災された方やさまざまな関係者の皆様に
心から心からお見舞い申し上げます。

わたし自身、プライベートな時間帯に起きた
地震でした。
あの揺れの前までは、久しぶりの再会を果たし
楽しいたのしい時間でした。
揺れの後は、一緒にいた親友に励まされ
さまざまな人たちに助けられて家に戻れました。
わたしは本当に本当に運が良かったのですが
揺れの瞬間とその後の街の変化と揺れから
体調を崩してしまいました。(その帰り道だけね)
自分がこんなにもショックを全身でうけ、
意外と弱かったなんて、情けない。

こんなときに、自分のことを書き記すことも
どうかと思って控えていたのですが
ただ、この日にあった、さまざまなことは
きちんと自分なりに受け止めて、
まずは自分が落ち着いて、
被災されたひとびと、地域のためにもできることに
エネルギーを使える自分になりたい、と思うので
地震前の楽しかった時間のこともご紹介しますね。

こんなときに、、、とお思いかもしれませんが
そんな時間もひっくるめて、一度整理して
エネルギーを前に向けるためだとご理解ください。

3月11日

朝、久しぶりに華ちゃんと公園で
会いましょう、と言うことで向かうと
大型犬/小型犬で2つあるドッグランの
「小型犬」のエリアを工事をするということでcloseに。
大型犬のみなさんが「どうぞ」というので
顔見知りの方であることもあったので、コゼット初挑戦。
110311_1_2
viviは、ご主人様の一声でこんな感じにおなかをだして
くれて、とっても優しくコゼットに接してくれました。
お散歩を楽しみ、今日のランチは、社会人チアリーダー仲間と
数年ぶりの再会です。

高円寺に向かいました。
今日集まる4人のCheerleaderは
それぞれが違うチームに所属をしていたのですが
それぞれcaptainや、試合中のMCを担当したりと
いうつながりもあり、同士のような感じ。

今日集まる4人中、2人がなんとご主人が同じ会社
このお正月から、偶然に社宅がお隣という奇跡という
ことで、その社宅のおうちにおじゃましました。

ホストのYuri,Non-chanが素敵なお食事を
用意してくれていました
110311_2
Yuriが前菜から、牛煮込みカレー、豆乳プリンを
Non-Chanがフォッカッチャとチョコケーキ、
Non-Chanはカラダにやさしいお食事を考案しています。
フォッカッチャにもじゃがいもがはいっていて、もちろんこのチョコケーキには
小麦粉も使っていません。
http://ameblo.jp/so-coco/
一緒におじゃましたなやりえるのお土産は絶品ラスク。

と、何年ぶりか数えることも難しいぐらい
年賀状で様子を知っていたくらいの時間が経った中の
ホームランチでの再会。ホストのお二人には2人の子どもがいるので
8人で楽しく過ごしていました。

たまたま、お食事を一時中断して
みんなでリビングでカーペットに座り
おもちゃなどで遊んでいるときに、地震は来ました。
机の下に子どもたちを移動させて様子をみたものの
揺れは激しくなるばかり、家具も大きく揺れ倒れそう
ということもあり、瞬時におとな4人で
「外に出よう」と、3階のお宅から8人で逃げました。

このお宅、今日お邪魔するときに(向かっているときに)
「すごい古いからねー。」と言われていたのですが
その通りに、ものすごい古い建物だったので(!)
たぶん、よけいに揺れたのかと思います。
逃げるときに、コンクリートの階段の壁が
うねうね迫っている感覚すら受けました。
窓ガラスが割れる音も聞こえました。

お兄ちゃんは泣きもせず、偉かったです。
小さな子たちは、きょとん、と。
お姉ちゃんは、階段をおりるあたりから大号泣でした。

わたしも子どもたちがいなければ
もしかしたらこの時点でお恥ずかしながら
取り乱していたかもしれません。

戻ってみよう、と戻ったときには
キッチンは冷蔵庫はあけっぱなしで中身は出てしまい
ランチをしていたテーブルのグラスやお皿は
床におち割れてしまい
タンスなどが置かれた部屋は、すべてが倒れ
部屋中、物に溢れていました。
予想以上の光景に、わたしは同様し、
主人にすぐ電話をしましたがやはり繋がりませんでした。
(主人も同様にこの日だけ、かなり古い建物に
行くのを知っていたので)
そして家に残して来た愛犬コゼットが心配になり
不安はつのるばかり。

ホストのお二人が、「二人は家に向かっていいよ」と
言うので、子どもたちのケアをできずに申し訳ないと
思いながらも、なやりえると高円寺駅に向かいました。

ただ、街はパニックになっており
商店街の看板も風がふいたら落ちてきそう、という
状況を足ばやに通りすぎ、駅前に行くと。。。
過呼吸で倒れてしまっている人、
腰をぬかして座りこんでしまっている人、
美容院途中の姿(パーマやカラー)で飛び出してきた人
さまざまな人たちに助けられて運ばれて来た車いすのおばあさん

わたしはお金をおろし
お水と、携帯の充電器と電池を購入し
なやりえると手をとりあって、とりあえず新宿方面に
向かおうと歩き始めました。

この駅前にいるときも、揺れがきて
駅前ビルがグラングラン揺れており、窓ガラスも
同様にうねっていたのでいつ倒れるか、という状況でした。
もちろん、電車も止まっており、
とにかく、タクシーをさがそう、と歩きました。
ただもちろん駅のタクシー街はそのときすでに長蛇の列。

タクシーもほどんとなく、ましてや空車は皆無な中、
歩いて中野についたときに
一度、わたしたちの前を「回送」で通り過ぎたタクシーが
無線機を修理を終えて、止まっていました。
運転手さんに、お願いをすると、「いいよ」と
乗せていただきました。

その時、バスを待とうと、バス停にいたのですが、
そのバス停の前が、タクシーの無線機屋さん(?)という
偶然やタイミング。すべてが運でした。

yuriとNon-chanがあのときに、すぐに「家に向かいな」と
言ってくれたこと、そして、タイミングよくこの運転手さんに
出逢えたことが、私は本当にほんとうについていました。

途中で、なやりえるを家の近くでおろし、
このまま、我が家に向かうのですが
このときすでに、新宿は人と車であふれており、
普段、すーーっと通り抜けられる新宿御苑のトンネルも
1時間近くかかりました。

ラジオからは被災の情報がながれ
首都高の下を通るときの緊張感や
タクシーの中でも揺れを感じ
もともと車に弱い私は、その後体調が悪くなり
四谷あたりから吐き続けていました(きちんと袋にね)

このときも運転手さんがとても親切にしてくださり
本当にたすかりました。

普段下道でも1時間あれば十分に到着するのですが
3時間以上かかり、最寄りの駅付近にくると
こちらもビジネス界でもあるので、多くの人であふれかえっていて
タクシーの乗り合いを懇願する人々が車道に溢れていました。

たまたま赤信号で止まったときに
山口から来ているというお二人の方に
同乗をお願いされたので、どうぞ、と相乗りをしました。

その後、我が家にたどりついたあとに
わたしは、吐き気がさらにひどくなり
車をおり、袋をかまえながら歩いていたら
先ほど同乗した方が、
「そのような時に申し訳ないのですが」と
お手洗いをかして欲しいということだったので
マンションの共有お手洗いにご案内しました。

わたしがたどりついたときには
マンションの2階のロビーには
わんちゃんを抱えて待機している方が多く
わたしは、コゼットが心配で心配で
階段でかけあがる覚悟でいたのですが、
非常用が1台動き始めた直後だったので
24階までエレベーターであがることができました。

エレベータではコンシェルジュの方が
エレベーターをさばいていました。
おかげで混乱もおきず感謝ですね。
ただ、24階です、と言って降りたのは
なぜか23階で自宅のドアの前かと思いきや
1つフロアが下で
その後、泣きながら(コゼットが心配で)
階段で24階にあがりました。

家に入ると、
出て来た状態のまま
癒し音楽が流れ、家具も倒れずに
いつものままの中に
ケージの中にコゼットが無事でした。
涙で抱きしめました。
が、その後、テレビをつけると
想像を超える状況になっており、
この中で自分にできることをせめて、と思い
帰れないであろう友人たちに
家に来てとメールをしました。

そして、実はこの日の夜は我が家で
わたしが以前にお世話になってた
アメリカンフットボールチームのマネージャー
3人娘が集合する予定で、ひとりは
群馬からわざわざ来てくれたのです。

この群馬からきたNAOちゃん。
南千住あたりで車内で地震にあい、
そこで電車をおり、マネージャー仲間の会社の
竹芝まで歩いたとのこと、
そこから、夜、この二人が竹芝から我が家まで
歩いて到着しました。

また、我が家に結構近いところにおつとめの
ひとりぐらしのCatzyも我が家に合流をしました。
狭い狭い我が家ですが、仲間と肩をよせあい過ごしました。

主人はいつもの勤務地ですと、家から近いのですが
この日に限って別の場所にいたので
革靴で4時間かけて歩いて帰ってこれました。
スタートしたのがわりあい早めだったのも
良かったようです。

わたしは、家にいるメンバに食事を準備すること
くらいしかできないので、準備をして
みなで食事をして、あの緊急地震速報メールの
音にびくびくしながら朝を迎えました。

わたしの1日はこのような感じでしたが
仕事仲間の、他の先生は大半がレッスン中で
生徒をかかえた状況での地震。
生徒、先生たちはみな無事でした。
家から遠い場所で、それぞれの先生が
前向きに対応をしてくれました。

あるお教室では、体験レッスン中でしたが
園庭に避難し、解散するときに、最後にみんなで
声をだしてCHEERをしたそうです。
先生がたが、この恐怖がトラウマにならないように、と
気持ちを1つにし、みなで大きな声でCHEERをしたそうです。

ここまで書いてわたしの1日は
被災地のみなさんに比べることもないレベルの
話で情けないのですが、
自分自身でいろいろ感じたことを、これからの日々
人生において、きちんと実行していくためにも
書き記しておきます。

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